谷芳農園 | 新芳露メロン
はじまりの味。
何色にも染まっていない乳白色のメロンは、香りまで甘美でメルティな食感。
真っ赤で見るからに甘そうな大玉トマトは、ちゃんと酸味もある昔ながらの甘酸っぱテイスト。
京丹後市網野町にある[谷芳農園]のメロンとトマトには、甘さこそ至上とする世間のブームに流されない、原点回帰のおいしい!が詰まっている。メロンは約40年前、トマトは35年以上前に誕生した品種で、本来は香りや酸味も味わい深い、風味豊かな「はじまりの味」を知ることができた。
幻の新芳露メロン。
夏の網野町は、水はけの良い砂丘地を活かしたメロンやスイカ栽培が盛ん。特産品としては琴引メロンがメジャーながら、知る人ぞ知る幻のメロンを栽培する農家さんも。「おじいちゃんの代からメロンの原種に近いとされる、新芳露(しんほうろ)という品種のメロンをつくっています。栽培が難しい上に日持ちしないので、大口の生産農家はうちを含めて2軒だけ」。
そう教えてくれたのは、網野町で40年ほど続く[谷芳農園]の谷口隆亮さん。現在27歳の若手農家さんだ。
尊く、端麗。
通常のメロンは追熟期間を考えると、収穫してから1週間後くらいが食べ頃。それに対して新芳露は追熟が早く、市場にはほとんど出回らないそう。
収穫のタイミングは、緑色から黄色へと変わっていく果皮の色で見分けるというから、幻のメロン栽培は技術と共に目利きも試される。畑で見せてもらった収穫間近のメロンは、雨除けシートをパラソルにクッションの上で横たわり、優雅に日光浴を楽しんでいるようだった。
お天気だったこともあり、眩しく光り輝くその姿は原種に近いという、はじまりのメロンにふさわしい尊さが漂っていた。メロンの幅に合わせてカットする、アンテナと呼ばれるツルの長さにまで気を配るから、収穫後の姿も見目麗しい。
自然の流れ。
「夏休みの朝はラジオ体操から戻ると、自分より先に畑からメロンが帰ってきていて、シール貼りを手伝ったり。そんな風に、子どもの時から農業は生活の一部でしたから、漠然と思っていましたね。きっと家業を引き継ぐんだろうなぁって」。
高校を卒業後に愛知県の農業大学へ進学したのも「自然の流れで」と答える隆亮さん曰く、網野町では隆亮さんのように家業を継ぐ20代の若手農家さんが多いそうだ。
「自然の流れで」という言葉だけを切り取ると、(仕方なく)なんて心の声が聞こえてきそうだけど、実際のところ隆亮さんはただただ「自然」体で答えてくれただけ。その証拠に、趣味の話で雑談している途中も「農業は面白い」という言葉がサラリと出た。
農業は面白い。
「メロンの露地栽培は、これまでの経験を活かした感覚頼り。それと同じように、トマトのハウス栽培もまた違った難しさがあり、いい木を育てるには株間が大事なんだと去年ようやく気付きました。こういうことはネットや本では分からないので、失敗するたびに自分で調べていくしかありません」。
元々探究心が強いという隆亮さんは、町内にいる若手農家さんたちとも農業クラブのようなコミュニティを通じ、情報交換しているそうだ。
趣味は「友だちとポーカーやアクションRPGなどのゲームで遊んだり、今年に入ってからは競馬のレースをみんなで予想したり」と今どきの20代らしいものだけど、意外にも「農業は面白い」と感じる理由にリンクしている。
だから調べる。
「全てを思い通りの展開で進めたいんですよね。だから調べる。特に農業は天候次第で作物の生育が左右されますので、どんな年でも安定した品質が保てるよう、どれだけ近年の異常気象に適応できるかも大事。想定外の失敗を経験したからこそ、失敗の原因を調べて新しく気付けることもあって、それにより効率良く農業できることが面白いんです」。
ポーカーで勝ったり、RPGを攻略したり、馬券を的中させることも、探究心が無いと叶わない。農業で成功することも同じだ。
はじまりと、これから。
隆亮さんにとって、小さい頃から夏を一緒に過ごしてきた新芳露は、「自然の流れで」農業を手伝うことになった「はじまりのメロン」。失敗を繰り返しながら、甘さと酸味のバランスがいい昔ながらの味を大切にしてきた大玉トマトも、「農業は面白い」と教えてくれた「はじまりのトマト」。
原点回帰のおいしい!が詰まった「はじまりの味」を守りながら、隆亮さんは自分なりの若い感性で農業を楽しんでいる。「農業の、これから。」も思い通りに展開していけるよう、メロンのように端正なアンテナを農業の現場からSNSにまで張り巡らせて、調べることを止めない。
Photo by:Takashi Kuroyanagi
Writer:socko
Farmer:谷芳農園